未来の価値

第 14 話


第二皇子シュナイゼルお抱えの研究機関、特別派遣嚮導技術部、通称・特派は、政庁のすぐそばにある軍事施設に間借りしていた。
そのため、執務室と私室が政庁内にあるルルーシュがスザクを連れていったところで、緊急時にはすぐ特派に戻れることも、ロイドが許可した理由だろう。
ルルーシュと共に純血派の護衛に守られる形で政庁へと足を踏み入れたスザクは、周りから向けられる奇異な視線にさらされていた。
表立って公表はされていないが、ルルーシュが皇族だという事は政庁内の人間は皆知っているのだろう。その護衛としてついているのは、貴族で構成されている純血派の軍人達。皇族を守るために存在していると自負していおり、ブリタニア軍はブリタニア人だけで構成すべきだという考えのもと、軍に属し名誉となったイレブンに対して差別的な発言を堂々とすることでも有名な者達だった。
そんな中に、軍服を着たイレブンが混ざっているのだ。
しかも、純血派を差し置いて皇子の斜め後ろにいる。
もし皇子に騎士がいるならば、立つであろうその位置に。
奇異な目で見ない方がおかしいだろう。
居心地の悪い視線を受けながら、スザクは思わず顔を俯かせて歩いていると、その前を歩いているルルーシュがスザク、と名を呼んだ。

「お前らしくないな、何を萎縮しているんだ。もっと胸を張って歩け」

振り向いて様子を確認したわけでもないのに、スザクの頼りない気配で悟ったのか、そんな事を言ってきた。悪いことをしたわけではな無いのだから、胸を張って歩くべきだと頭では解っていても、この視線の中を歩くのはなかなか辛い。
イレブンかどうかは別にしても、純血派に囲まれて歩いているのだ。
ルルーシュが前を歩いていなければ、連行されているように見えるだろう。
ひそひそとささやかれる言葉は、まるで過去の罪を暴かれているようで。
ルルーシュは知らないことだが、後ろめたい過去のある自分は、この中を堂々と歩くのは辛いのだと、前を歩く背中を見つめると、ルルーシュはその視線に気づいたのか、あからさまに肩を落とした。

「それとも、俺と共に歩くのがそんなに恥ずかしいのか?」
「・・・え?」

予想外の言葉に、思わずスザクは声をあげた。

「俺の母は貴族ではなく庶民の出だからな、下賤の血が混ざった劣等種、皇族の恥とよく言われたものだ」

その言葉に、先頭を歩いていたジェレミアが「ルルーシュ様、そのような事は・・・」と、即座に反応したが、一瞬振り返った時の表情が苦渋に満ちたものだったので、ああ、本当に言われていたのだと理解するには十分だった。

「事実は事実だ、認めろジェレミア。私の死を喜んだ皇族と貴族がどれだけいると思う?皇族が血統書付きを指すなら、マリアンヌ后妃は雑種だからその血を引いた私たちも雑種だと、よく言われていただろう。雑種が皇族を名乗るなんて身の程知らずだと、私の耳にすら入っていたのだから、お前たちが知らないはずがない」

淡々と口にされた言葉は、間違いなく真実なのだろう。
ジェレミアの背中から、悔しさが伝わってきた。
ブリタニア人、しかもその頂点である皇族だというのに、母親の出自が貴族ではないだけで差別を受けてきた事を、7年前の幼いルルーシュは口にする事はなかった。
ブリタニア人が行うナンバーズへの差別とは異なるが、出自に関する差別をルルーシュは幼いころ受け続けていた。
皇族に戻った以上、これからその差別の中に身を置くことになる。

「スザク、そんな私と共に歩くのは、それほどまでに恥ずかしい事か?」

また、先ほどと同じ問い。

「殿下のお側にいることが、恥ずかしいなどありえません」

スザクははっきりと答えた。
ルルーシュの何を恥じる事がある。
間違いなく皇帝の血を引く者。
例え皇族でなかったとしても、ルルーシュには誰にも負けないその頭脳がある。
混ざっている血だけで彼の全てを決めるのは間違いだ。
自分もそうだ。
過去の罪を暴かれたわけではない。
今ここにいるのは、ルルーシュが望んだからだ。
ならば何を恥じる事がある。
俯いて歩くという事は、日本人であるこの身を恥じ、ルルーシュと共にいる事が恥だと言っているような物ではないのか。
そんな姿を見れば、周りはますますルルーシュを、日本を嘲笑うに違いない。

「ならば胸を張って歩け。この程度の視線、私と共に居れば否でも浴びることになるのだから、今から慣れておけ」
「イエス・ユアハイネス」

先ほどとは違い力の籠った返答に、ルルーシュはそれでいいと笑った。
それらの視線をかいくぐり、ようやくたどり着いたのはルルーシュの執務室。
ジェレミア達を下がらせたルルーシュは、その部屋でスザクと二人きりになった。
ルルーシュの机も、この部屋の調度品も真新しく、最近誂えたものだという事が解るが、その机の上に積み上げられた書類の山は、まるで何年も前からここで誰かが書類仕事をこなしていたかのように錯覚させた。
机の上だけではない。
あたりを見回せば、執務机とは別に、この部屋には不釣り合いな会議用テーブルと、業務用の棚が設置されており、そちらにもぎっしりと書類が積み上げられていた。
あまりにも膨大な量に目を丸くしたスザクに、ルルーシュは苦笑しながらソファーに腰掛けるよう言ってきた。

「酷いだろう?片付けても片付けても終わる気配がない」
「これ、全部君の仕事なの!?」

ルルーシュが眠れないのは、てっきり暗殺を警戒してだと思い込んでいたが、これらの仕事に忙殺されているのが原因だとすぐに理解した。
ルルーシュは執務室には本来あるはずのない場所・・・目隠しされた奥にある簡易キッチンでお湯を沸かしながら説明を始めた。

「ここがエリア11となってからの7年間、碌にされていなかった政務の後始末といったところか。これはまだ、ほんの一部にすぎない」
「7年分!?」

ティーセットの用意をしていたルルーシュは、大袈裟に肩をすくめた。

「7年もの時が経っているのに、未だ租界以外碌にライフラインが整備されない理由。それはゲットーに関するこれらの仕事を放置していたからだ」

瓦礫の撤去さえされず、7年前の戦争の痕跡をそのまま残しているゲットー。
それは、意図的に放置された結果だとルルーシュは言った。

「いつまでもこんな状態にしておけないからな。・・・ゲットー復興に関する全権は、今俺にあると言っていい」

だから全ての書類を、ここに集めている所だ。

「ルルーシュに!?」

全権が?

「ああ。まだ公式発表はされていないが、今の俺はクロヴィス総督の補佐という立場にある。あのロール頭もそれには同意した」

ロール頭。
つまりは皇帝。

「陛下は、君の生存に関して何か言ってきた?」

そのスザクの問いに、ルルーシュは眉を寄せた後ポツリと言った。

「生きておったのか」
「・・・え?」
「それだけだ」
「え!?」

皇族に復帰したのはクロヴィスと、宰相であるシュナイゼルが動いたため。
二人の兄がルルーシュの皇位継承権と皇族復帰を打診した所「好きにいたせ」とだけいったという。
それで終わり。
たったそれだけで皇位継承権まで当時と変わらぬ17位に戻されたのだ。
クロヴィスがルルーシュの生存報告をするための通信をした際に視線を一度だけルルーシュに向け、ただ一言「生きておったのか」と言っただけ。無事だったことを喜ぶわけでも、元気にしていたかを尋ねるわけでもなく、何の感情も見えない声で一言。
ルルーシュには想定内だったが、クロヴィスは大きなショックを受けていた。
通信が終わった後、「戦争で死んだはずの息子が生きていたというのに」と、泣きそうな顔で言いながらルルーシュを抱きしめた。 「ルルーシュが生きていた事、私はとても嬉しく思っている」と、何度も口にしながら。
皇帝がここまで我が子をないがしろにすると、思わなかったのだろう。
7年前のあの謁見の間での出来事。ルルーシュが皇帝に何を言われたか伝え聞いていたとしても、それを鵜呑みにはせず、誇張されていると思っていたようだ。
だが、ルルーシュはとうの昔に知っていた。

「俺たちが生きていようと、死んでいようと、あの男には興味がないんですよ」

興味が有るのは、政治で利用できるかどうかだけ。
ナナリーの生死すら聞く事はなかった。
解っていた事だ。
解ってはいても、あまりの無関心ぶりに怒りで目の前が赤く染まりかけたが、クロヴィスが自分の代わりに怒り、悲しんでくれたことに驚き、嘘偽りない純真な家族愛を向けられたことに戸惑い、同時に心を穏やかな気持で満たす事が出来た。
だが、怒りが静まったわけではない。
今もそうだ。
思い出しただけでふつふつと湧き上がる怒りが胸を焦がしていく。
その顔に怒りを滲ませながらも、ルルーシュは迷いのない手つきで紅茶をいれた。

「クロヴィス兄さんが俺をエリア11の総督補佐にと願い出て、それが驚くほどあっさりと受理された。だから俺がこれから、このエリアの改革を進めていく」

紅茶とクッキーが用意され、ようやくルルーシュもソファーに腰をおろした。

「そこで、スザク。お前に頼みがあるんだ」

ルルーシュは真剣な表情でスザクを見据えた。

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